たそがれBranch

個人的なブログを投稿していきます

最近思うことをつらつらと

このブログの名前を変更しました。

なんだか個人的に思うことについて発信する場がほしいなと(再び)思うようになったので、気が向いた時に、ここにつらつらと書いていこうかなと思ってます。

正直個人的な話なので読む価値はないです。ノートに書き連ねるというのでもよかったのですが、ブログにするのはそれでも誰かに読んでもらえたら嬉しいなって気持ちがどこかにあるのだと思います。

よくわかりませんが、多分そうです。 (もうぼくも36歳になるのに、未だにいつも自分が何をしたいのか、何故したいのかいまいちよくわかってないんですよね)

これまでブログは6〜7回くらい開設しては、途中で飽きて辞めるということを繰り返してきました。唯一まだ覚えてるブログは「たそがれブランチ」くらいで、過去のはURLすら忘れちゃいました。でも、ハンドル名は高校生の頃から変えてないから、探せば見つかるかも。探す気はさらさら無いけど。

最初に書いたのは高校生の頃です。その頃はまだブログというサービスはなかったので、ホームページに日記テイストで書く、というのをやってました。 当時はniftyチャットが盛り上がっていて、ぼくはそこで自分が興味のあったカテゴリー(小説や美術)に入り浸り、いろんな人と会話を楽しんでいました。 そのうち気の合う人達がでてきて、彼らと鍵部屋を作ってチャットするというようになっていきました。その突然ぽっと出来た小さなコミュニティはぼくが高校を卒業する頃まで続いたものの、ある時ふっと虹が消えるように気づいた時には自然と消滅していました。

また別の場所では、2ちゃんねるのとあるスレで痛いこと書いて荒らしてるコテハンの人がBBSを開設したとか言ってたので、軽く冷やかしにいってるうちに少し仲良くなりだし、同じように冷やかしにきてた一部の人達とも仲良くなりはじめたので、Yahooメッセンジャーやお絵かきチャットで会話をするようになりました。 彼らとは最終的にはオフ会を開いたり、美術館をめぐったり、家で朝まで飲んだりというようなことまでするようになったのですが、そのコミュニティもやはり、雨後の水たまりがいつのまにか消えているようにしてなくなりました。

今でもときどき、みんなはどこにいったんだろうって思うことがあります。あの時いろんなことで一緒に盛り上がり、ぼくなりに楽しい時間を過ごしていたという懐かしい思い出と共に、ふっとそれが夢だったかのように気がつけば生活の中からなくなっているという感覚は不思議なものです。盛り上がっている時にはずっと続くと思っていた間柄が、静かにフェードアウトし、影さえもなくなっている。普段は忘れているのですが、何かの拍子に思い出して懐かしんでいると、どうも、背中の内側あたりがもぞもぞと動くような心地になります。みんなは何処へ行ったんだろう。

でも、多分違うんでしょう。みんなが何処かへ行ってしまった時、考えるべきはきっと、自分が何処かへと行ってしまったということなのかもしれない。 ぼくは何処へ行ったんだろう?

ぼくはどうも、人との関係を維持するということが不向きのような気がしています。 ネットでつながった関係だけでなく、小学生の頃にあんなに仲がよかった人達とも今では疎遠になり、従姉妹といった親戚ともほとんど連絡は取り合わない。 もちろん連絡をもらえたら返しますし、その時に会話することになっても以前と同じように盛り上がります。関わりを拒否してるわけではまったくないので、つながっているといえば、つながっているのかもしれません。むしろ古い知人との関係なんてそんなものなのかもしれない。

でもたぶん、疎遠になるのが嫌なら自分から連絡をとるようにしたらいいだけの話なんですよね。それだけで、途絶える関係を途絶えなくすることはできるのでしょう。 ただぼくはそれをしようとはしません。

別に連絡をとることに対して後ろめたさもないし、やりたくないわけでもない。連絡しようかなっておもいつつ連絡とっていいかどうか迷って送れないみたいなこともないです(むしろそんなこと迷ったらとりあえずえいやって送っちゃえって思うタイプです)。単純に、昔からそういうことをする習慣がないんですよね。

人が嫌いなわけではないのですが、基本的にぼくは一人でいることが好きで、何をするにもベースが自分の中で完結しちゃってる。そのとき「誰かと」という発想は出てきません。 一人っ子の母子家庭で、母は朝から晩まで働いていたのでずっと一人で過ごしてきたからというのもあるのでしょう。自分ひとりで過ごすことに慣れていて、人に頼ることをそもそもしようとしない。 「そういえば最近あの人と連絡とってないな」 とか、考えない。結局のところ、そういうことを考える習慣がない。

その結果、自分から連絡はとらず、そういう風にぼくのことを気にかけてくれる人からしか連絡はこず、人間関係はどんどん狭まっていくんでしょう。 いまのところぼくはそんな気にしていないし、疎遠になっても「まぁしょうがないよね」くらいにしか思ってないので、まぁしょうがないですね。 ただときどきふと思い出し、みんな何処へ行ったんだろうと考えることがありますが。

でも、その感情も一時的なものです。陽の光が雲に遮られてふっとあたりが暗くなって、またもとの明るさに戻るように、その感情も、きっと生活の中の光彩を変化させてくれる要因のひとつでしかないのでしょう。

だけどやっぱり、ときどき知りたくなります。 ぼくは今、何処へ向かっているんだろう。